2018年03月29日

追憶-15



http://www.masuzuka.co.jp/kuramoto/entry-608.html


蔵元写真館「追憶」-15をアップしました。
ゆっくりお楽しみに下さい。


1943年(昭和18年)、清市のところに来た一通の赤いハガキによって、委託加工のみそ仕込は大黒柱不在となった。
清市は召集令状を手に、出征兵士の一員として住み慣れた家を旅立っていったのである。見送るシヅエは虚脱感で全く無表情であり、その当時小学生であった長男栄治は毎日ぽんつく(魚とり)で走り回っていた。
37歳の男まで招集される戦争に、もはや勝ち目はなかった。終戦の際、清市は千葉の海岸で本土決戦の為の塹壕(ざんごう)堀をしていたために戦死を免れ、玉音放送を聞く事が出来たことが清市にとって幸運であった。