2020年03月19日

蔵元写真館「追憶」38 (村の青年団活動-2)


平和な時代に若者となった者は、自由を享受した。
村の全ての人々は暮らしをどのように楽しむかを知っていた。
繰り返される季節を日本中どこも楽しんでいた。
これが平凡な幸せなのである。



夏祭りの青年団1950~1955


有ること難し。 店主


2020年02月18日

蔵元写真館「追憶」37 (村の青年団活動-1)


戦後の村にも若者たちの活発な活動があった。
夏祭りや秋祭りは若者たちの晴れ舞台である。
特に村芝居(村歌舞伎)は最大の楽しみであった。
舞台設営から役者まで、全てが自作自演で行われた。



村歌舞伎の役者達1950~1955


有ること難し。 店主


2020年01月15日

蔵元写真館「追憶」36 弁財蔵建設-3


現在ならばクレーン作業の範疇。
安全基準の緩い時の作業風景で、サーカスのような鳶職人がいました。
柱を設置し、梁をを組み、そして屋根を組み上げる。
段階ごとの仕事が進む様子は、モノづくりの原点です。



弁財蔵屋根の設置風景(1950~1955)


有ること難し。 店主


2019年12月17日

蔵元写真館「追憶」35 弁財蔵建設-2


松材で大黒柱を設置後、外壁が杉材で建設が進みます。
少しずつ建物の全体像が現れてきます。
すべてが人の力により進みます。



弁財蔵外壁の設置風景(1950~1955)


有ること難し。 店主


2019年11月15日

蔵元写真館「追憶」34 弁財蔵建設-1


弁財蔵の建設風景を3回に分けてご紹介いたします。味噌蔵増強計画の中心的蔵の建設は悲願でした。当時、建設機械は無く、全て人間の手作業でつくられていきました。危険な高所作業も現代では考えられないような世界です。
心柱材料は松を使用し、木の曲がりがきつく苦労しながら設置しました



弁財蔵中心の大黒柱の設置風景(1950~1955)


有ること難し。 店主