2021年01月12日

蔵元写真館「追憶」48

弁財蔵の熟成中の味噌桶

委託加工だけでなく、市場の需要に対応するため味噌の拡販に努める
安定的に供給できる体制を構築するため、大桶と蔵を増設した
作業もリフトや機械設備を導入


弁財蔵の熟成中の味噌桶と重石作業(1960~1965)

有ること難し。 店主


2020年12月10日

蔵元写真館「追憶」47


仕込み味噌桶の積み込み風景

委託加工が昭和40年当時までは、一番重要な業務でした。
愛知一円の農家より預かった桶に味噌を仕込み、熟成は各戸で行います。
「手前みそ」といわれるように熟成状況により
それぞれ異なった味噌が仕上がります。



委託加工の仕込み味噌の出荷風景(1960~1965)


有ること難し。 店主


2020年11月12日

蔵元写真館「追憶」46


室(製麴室)に味噌玉(豆麹)の引き込み、そして雪の日の風景

自家製の室では人力がすべてでした。
温度管理から製麴状態の確認まで昼夜行われていました。
ほっとした合間、雪の日の蔵人たちは良い顔をしています。



室(製麴室)に味噌玉(豆麹)の引き込み(1960~1965)


有ること難し。 店主


2020年10月20日

蔵元写真館「追憶」45


原料大豆の蒸煮風景

当時は縦釜とNK缶(横型回転式蒸煮缶)の2台が活躍していました。
排出後直ぐに玉握機でこぶし大の「みそ玉」と呼ばれる
豆麹を成形します。
画像はまだ種麹はする前です。



原料処理(1960~1965)


有ること難し。 店主


2020年09月15日

蔵元写真館「追憶」44(味噌屋は百姓-4)


すべて手作業の労働ですが、日々の労働は報われました。
この日のため、春からの百姓仕事があったのですね。



秋稲刈り(1955~1960)


有ること難し。 店主