
2006年03月06日
ドイツとバングラデシュより友来る。
名大農学部の淡路教授がドイツとバングラデシュより友を連れ来社されました。
久しぶりに英語と日本語のチャンポンで説明をしました。
自分が何を言っているのか解らなくなるときがあり、困惑しました。
ただ一生懸命、思いを伝えようと必死でもありました。
どの程度伝わったかわかりませんが、
何かを伝えようとしたことだけは解っていただけたようです。
有ること難し。 店主
2006年02月05日
撮影の打ち合わせ
映像の専門学校生高野君。 学生生活最後の映像作品製作に弊蔵の撮影をされました。
就職も決り、今まで学んだことを自分なりに形にしました。
担当の河合先生が照明を当てながら、高野君の企画が映像になります。
ワンカットづつ丁寧な撮影が進みます。
時間をかけ、手間をかけ、自分の作品が出来上がります。
是非、自分の感性を社会でも磨いてほしいものですね。 期待します。
有ること難し。 店主
2006年01月08日
61年前の地図
61年前、蔵は日本海軍の航空基地でした。
当時軍の機密事項の為、地図はありませんでした。
しかし、敗戦後アメリカ軍に提出した基地の地図が見つかり(防衛研究所所蔵) 我々の蔵が当時の格納庫や、兵舎であったことが確認できました。
先輩たちから言い伝えであったものが 歴史の証拠として事実になったのです。
戦争の歴史を正しく伝えることが難しくなってきた現在、 我々の立場で、過去の歴史認識をしたいものです。
関連記事 岡崎基地と海軍航空隊 http://www48.tok2.com/home/yamabiko/sonota/okazakiair.html
有ること難し。 店主
2005年12月04日
蔵の万博出展桶
今から、蔵の万博がはじまります。
愛知万博が終わり、会場より戻ってきた桶が 蔵の入り口に座りました。
何も語らず、我々を見つづけます。
多分、何年もすれば「蔵の一部」になります。
蔵人はいつか死んでも、この桶は残り、 時間と共に、多くを語りはじめます。
有ること難し。 店主
2005年11月06日
誰もいない会場通路
トラック積み込み
万博は終りました。
協会より、「借りていた桶をお返しします」との連絡があり 何故か「ほっ」しました。
イメージでは、「戦地に行っていた息子の帰郷を待つ家族」 との表現が合いそうです。
桶は、半年の間、万博会場で何を見たのでしょう。
そして、何を感じたのでしょう。 多分、「ゆっくり」時間をかけて、桶は語ります。
そんな素敵な話を聞きたいものですね。
今から、蔵の万博がはじまります。
有ること難し。 店主